雨からの物語

心が鏡にうつる詩集

蜃気楼に揺れるものたち

左に曲がる

もうここからは海から遠ざかる一方だろう

風に後ろ髪を引かれる想いで海を背中に見送る

そうやって何度も通り過ぎた道だ

しょうがないという気持ちで諦める

生温かい潮の匂いを強く感じる

夏の香りだと思う

良い香りというわけではないけれどこの状況ではどんな香水よりも芳しい

セーリングの白い帆が蜃気楼に揺れる

誰かに見てほしいと思った

こんなスポットがあるんだと自慢したい気持ち

長い堤防が続く

その上に登って釣りをしている人もいる

それが暇つぶしなのか本気なのかは僕には見分けられない

近くの公園には上半身裸でベンチに寝転がって日焼けをしている若者がいる

その気持はわかる

赤信号で止まると後ろを振り返る

できるだけこの光景を取り込んでおきたい感じで

水面が光って緩やかに波打っているのが分かる

潮が引いてその向こうにある小さな島が白く霞んで見える

そこに向かって鳩の群れが飛び立つ

それを眺めながら僕はこの瞬間をものにしようと深く息を吸い込む

これまでにないくらいの深い井戸を覗きこむような深呼吸を

もったいなくて雲散霧消しないようにかき集めるように

この感覚を味わい尽くすためにここにいる

その僕の姿を見ている一匹の鳩が仲間の後を遅れて飛び立って行く

信号が青に変わる

ゆっくりと左に曲がる

全ての過ぎ去ったものは蜃気楼に揺れている